2023-06-01から1ヶ月間の記事一覧
患者や利用者の不安や疑問、質問などに 専門用語を使ったり専門的考え方を押しつけ話す専門職の人は多い 聞いた患者や利用者は 分かったような分からないような煙に巻かれた気もちになってしまう人は多い筈 腑に落ちないのなら更に聞けばいいのだが 遠慮がち…
退院してから1年後ぐらいに 病院から何とかカンファレンスとかで人前で話すことを勧められ話をした 話した内容は忘れたが、私の話を聞きに来た人からお礼のメールが届いた 僕は幼い息子を亡くし絶望感で自殺願望に捉われた者ですが 自殺することもままならぬ…
この身となり、この生活となり、僻みなのか妬みなのか? (そんなことどうでもいいじゃん)と思うことが多くなった 否、これは私だけの気もちではない筈 ハンデキャップを持つ体や生活をしている人なら多かれ少なかれ抱く気もちだと思う 今でも苦手なのだが三面…
在宅介護生活は介護する人も介護される人も閉塞感に苛まれやすい 疲労とストレスなどは社会の仕事にはつきものなのだが、閉塞感は厄介だ 世間からの疎外感や孤立感、それらか生じる妬みやひがみ、、、葛藤 そんな在宅介護生活では各自に知恵を持ち泣き笑い汗…
医療職の方たち、ケア職の方たちは 慈愛の心とか奉仕の心とかを原動力としている人は多いのだろう 私もよく「僕の発信が誰かのお役に立てたなら、、、」と表現をする この身になって気が付いたのだが 人には善欲として「役に立ちたい」みたいな欲があるのだ…
ストレスは万病の元、と言われているけれど 現代ストレスと言われるものとは、、、主に苛立ちなのだろうと思う ストレスの要因は数多くあるのだろうけれど 苛立ちは内側から生まれる感情、確かに私も常にイライラしていた時代もあった 否、今でもイラっとす…
老いの終盤、大概の人は介護を受けざるを得なくなる 誰しもがピンピンコロリを望むが実際にはなかなか望み通りにはいかない 40代から介護を受けて来た私は体験から思う 介護を受けるようになると感じる喪失感や様々な葛藤 先々の不安、下の世話や入浴介助な…
体と心 わたしの体は不自由な四肢麻痺だ しかし、心はネットでの発信活動などで喜びを感じられ幸せを覚える ターミナル期の方、体は病に蝕まれていても 終末医療を受けながらも感謝とか生かされている喜びとか感じることが出来る 体が自由に動かされる人でも…
子どもたちのための学校 あることについて各立場の人が話し合う中で 話し合っていることの主語が隠れてしまい本筋から離れてしまうことは多々ある 例えば学校、教師の過密な労働が語られている場の根底には 健全な教師による生徒たちへの質のいい教育の提供…
言葉尻を捕まえて議論を重ねる不可解さ 一つ例に挙げてみれば 十数年前、医労連の会長さんから頂いたメール 私たちは障害者の「害」の字を「がい」に変えようと活動しています 「武久さんは如何お考えでしょうか?」みたいなものだった 私とすればどちらでも…
楽しさ探し、いいこと探し、幸せ探しでもいいだろう だがそれらは自己満足に探し過ぎず何かが足りない、何かが満たされない 人は誰かの役に立てた時や 誰かが喜んでくれた時になどに自分の存在価値を見出し充実感を得る 求めているものは 生きている実感、生…
最近になって医師から患者としての視線などを求められることがある 私は以前から「どんな名医であれ術後の患者の傷みは分からない」と言ってきた 患者に数多く癌のステージ4の告知を行っている医師でさえも いざ自分がステージ4となった場合に患者の胸の内を…
元来、人は他人に頼むとかお願いすると言う行為は苦手なもの 他人に頼んだりお願いをするのなら無理をしてでも自分でやってしまおうとする 体験上、不自由とかになり他人のお世話にならざるを得なくなっても 元々のその気もちは変わらない、やはり他人に頼ん…
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく 肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)」とありますが、、、 さすれば現代日本で健康である人は極一部になるような気もす…